座禅普及

主旨は慈悲。行は座禅。

応病与薬――月を差す指

「『浄土宗』と申しますと、ややもすると、死後のことばかり言う、死後往生、死後往生という、そんなことを言って何になるのだというおしかりを受けることがありますが、実際死後のことは何も言っておりません。死ぬまでのことが大切なのです。いまから死ぬまでのことがいかなるあり方が正しい往生かわれわれはどうやっていくかということが示されているわけで、死後のことは絶対約束せられておりますのでそういうことは一切、私たちは関係しなくていいわけです。実際、浄土宗の教えは『現実宗』といっていいという心を常に私はもっております。」

(〔深貝慈孝発言〕「第三回仏教福祉シンポジウム――祖師の教説と福祉思想――」『仏教福祉2001年3月 3・4号』19頁)



仏教は、妄想にとらわれて、「現実」から心が離れてしまい、「現実」の世界で十分な活動ができなくなった人を「現実」に引き戻します。

とはいえ、病んでいる人に「現実」には何ら問題がないのだと言っても、通じる訳がない。



「薬はその場その時で異なるが、薬はやはりいるのである。病人に対して、人は本来健康などという、空疎ななぐさめを弄してはならぬ。」

(柳田聖山『禅思想』38~39頁)



そこで、仏教は、そんな人に、「現実に戻れ」と言うのではなく、本当に言いたいこととは別の言い方、つまり、方便を使って働きかけて、「現実」に戻そうとする。



浄土宗の場合は、死の不安にさいなまれ、人生をはかなみ、現実の生活にやる気を失ってしまったような人に対して、死後の幸福が約束されているのだと言って、安心をさせ、快活な現実での生活を送らせようとする。

禅宗の場合なら、日常を離れた「悟り」、「解脱」、「涅槃」等を求めて妄想をしている人から、妄想を取り除き、日常に戻すことです。

「悟り」、「解脱」、「涅槃」等を求めて妄想をしている人に、「悟り」、「解脱」、「涅槃」等が得られるなどと言って呼びかけ、「悟り」、「解脱」、「涅槃」等を求める心をとり除く実践をさせることに、その眼目があると言ってよいでしょう。

あるいは、「悟り」、「解脱」、「涅槃」等を求める心をとり除かれた状態を「悟り」、「解脱」、「涅槃」等と説明して、現実に戻すと言ってもよいかもしれません。

力のある禅匠は繰り返し、このことを説きます。



「弟子の雪峰から「従上の宗風は何の法を以ってか人に示す」と問われた際、徳山は、きっぱり、こう答えている。
――我が宗に語句無く、実に一法の人に与うる無し。
 私のところには、人に授けるべき言句など存在しない。人に与えるような宗風など、もともと有りはしないのだ、と。したがって、貴き「語句」や「一法」を求めて徳山を訪ねようとすること自体、空虚な幻想と見当ちがいの期待にもとづく、とんだ誤りだと断ぜざるを得ない。
 こうした考えは、徳山のみならず、唐代の禅者の間にひろく見出されるものである。臨済はいう、「一念心の仏果を希求する無し」と。また「若し人、仏を求めなば、是の人、仏を失わん」と。」

小川隆「鉄酸餡――問答から公案へ 公案から看話へ――」57頁)

「力がないと、この聖を愛し、凡を憎むと云うことになり易い。(略)多少修行をしたものでも、やはり意必固我の執情や悟を愛して、迷いを憎むと云う、凡情が失せない。それはつまり、修行の上の骨折りが足らんからである。」

(釈宗活『臨済録講話』233頁)

「有馬 (略)「地獄」は自分で造っているんです。悟れない者が仏に頼り、経典に頼り……
そうするとどんどん地獄に落ちていくよ、ということです。
――禅とは修行して『悟り』を求めるものではないのでしょうか。それなのに、菩薩を求めても、仏典を読んでも『地獄』から逃れることは出来ない、というのですか。
有馬 いや、そうではなくて、その行為自体が『造地獄』やと言うとるんです。書いてある通りです。仏を求めること、法を求めること、これが『造地獄』の業と。
―ー祖師を頼ったり、仏法に帰依することが『地獄』へ落ちるということなのですか。
有馬 そうです。
――では、どうしたら私たちは、その己が造る「日常の地獄」から逃れられるのですか。
有馬 何もせんことや。「仏と祖師は是れ無事の人なり」と書いてある。「無事の人」とは何事もしない人。つまり「求めるな」です。求めたらアカン。」

(有馬頼底『臨済録を読む』188~190頁)



仏教は、人を「現実」に戻すための方便、つまり、虚構にすぎない。

だから、実体などはない。

そこで、取り上げられたことに、実体があるのだと勘違いすると、それ自体「妄想」となってしまう。



「瞑想センターに入るまえ、瞑想の内に平和を見いだすことを、彼らは望んでいました。ところが、道を求めつつ、以前とは違った社会をつくり、この社会が、大社会よりも、もっとむずかしいものであることに気づきます。それが、社会から疎外されたひとたちの集まりだからです。数年の後、瞑想センターにやってくるまえよりも、もっとひどい欲求不満を起します。(略)
 これはなぜかというと、瞑想とは何かを誤解しているからです。瞑想の目的を誤解しているからです。瞑想は皆のためにするのであて、瞑想する当人だけのためにするのではありません。」

(ティク・ナット・ハン(棚橋一晃訳)『仏の教え ビーイング・ピース』72頁)



だから、禅門では、差される対象、すなわち、月(現実)を見るのであって、差す指(虚構)を見るなと教える。

禅門で、「言句に囚われるな」という肚も、そこにあります。



「禅をやるものが知らず知らずに落ち込む誤りの第一は、「自己」「無」「空」というようなものを、固定した存在と考え、そういう実体を妄想することだと思う。これはことに西洋的思惟の特質でもあるので、近代的学問をした人ほどその傾向がつよいようである。」

(大森曹玄『参禅入門』26~27頁)



虚構にすぎない「指」に囚われてしまうと、日常から離れて行ってしまいます。



「瞑想は、私たちが社会にとどまる助けをする道です。これは、重要なことです。
 社会から疎外されて、社会に復帰することのできない人々がいます。注意しなければ、自分たちもそうなることを、私たちは知っています。」

(ティク・ナット・ハン前掲書74頁)



禅の修行、それ自体に熱中してしまう、指を見てしまい続けると、特に、在家の修行者の場合、却って、家族や職場を、社会をないがしろにしてまでして、禅の修行にいそしむのが正しいのだと勘違いしてしまう。



「道心を起すことが、巧偽をひき起す。道心を起すことが、じつはすでに道に背くわざなのだ。(略)もともと坐禅は起こった心を静めるための対症療法であった。(略)応病与薬の法であった。(略)病まぬのに、薬はいらない。病まぬ人に薬を与えるのは、わざわざ病人をつくるようなものだ。心が起らぬのに、強いて心を起すにひとしい。われわれは、とかく病を実体化しやすい。病を実体化することから、薬の実体化が始まる。(略)病の実体化することの危うさは知りやすい。薬を実体化することの怖さは気づきにくい。」

(柳田聖山『禅思想』37~38頁)



禅匠が、「坐禅は無功徳」というのも、禅の修行それ自体に価値があるのだと勘違いしてしまうことに注意を促すプラクティカルな理由もあるのではないかと思います。

そのようなところを「注意しなければ、自分」も、「社会から疎外されて、社会に復帰することができない人」になってしまう。

そうすると、いくらやっても、それは、仏道ではなく、魔道でしょう。



町田宗鳳師が「坐禅をすることは恥ずかしいことだ」という肚も、前提として、坐禅をする人は、坐禅をすることを通して、何か「特別な物」を得ようとする現実から離れた妄想を抱いていることを前提とするのではないかと思っているのですが、



仏教はない。

仏教は、思想でも、真理でも、哲学でもない。

仏教は、真理等の従うべき規範ではなく、それに基づいて、誰かに何をかを命ずるということはない。

仏教は、現実以外の特別な特権を認めることはない。

是非言う人は此れ是非の人です。



仏教は、あくまで「応病与薬」の方便にすぎない。



実際に、その薬が効く人もいます。

私も、その一人です。

ですから、このようなものがあるのだということを教えることは有意義なことでしょう。

けれども、誰にでも積極的に勧めるべきものではない。



現代社会に生きている私達は、苦を身近に感じられません。本気で坐禅修行をしたいと言うところまで自分を持っていくほど苦を感じられないのです。この事をどのようにお考えでしょうか?」

(米国人の質問――横山泰賢「青山俊薫老師北アメリカ巡回布教(ロサンゼルス報告と感想)」『曹洞禅ジャーナル 法眼 第2号』8頁)



仏教を従うべき真理にしてしまうと、このような疑問を生じさせます。

「苦」を感じなければならないと思わせた後で、「修行」を通して、思わせた「苦」を解消させようとするのは、「寝た児を起こす」類、マッチポンプの類の笑えない冗談です。

「苦」を感じることなく、仏道修行をせずに済むなら、それが一番良いのです。

「生死事大 無常迅速」です。

問題がない人には、わざわざやらせる必要はありません。



「仏教を心の病院だと考えると、その存在意義もよく見えてきます。仏教は病院ですから、病気で苦しんでいる人を治すのが仕事です。病気でない人には全く必要ありません。ですから、病院がわざわざ外へ出かけていって健康な人を引っ張り込んで入院させるようなことをしないのと同じく、仏教も、苦しみを感じていない人まで無理矢理信者に引っ張り込もうとはしません。(略)実はこれが、仏教という宗教が無理な布教をしない一つの理由でもあるのです。」

佐々木閑『NHK100分de名著・ブッダ真理のことば』29頁)



私たちが悲喜こもごも、苦あれば楽あり、悲しみあれば怒りもありの人生を、少しでも喜ばしいもとするために、ドタバタと工夫を繰り返し、最後、死ぬことには何ら問題がないのです。



「浄土でぽかんとしていては、手持ち無沙汰でしようがないに決まっておる。還相廻向とかいうことはいやでもしたくなるであろう。して見るとこのままの穢土がよいのでなかろうか。痛い事も、つらい事も、苦い事、悲しい事、惨めな事もあるので、面白いというてはいかぬか知らぬが、まあそれでも可もなく不可もなしか。(略)
 悪いことがある、悲しい事がある、そのままを肯定して、忍受するのでない。悪い事を善くする、悲しい事は嬉しくする、その後から又悪い事、厭な事が簇がり起る、起れば又これを善い方へ転ずる、転ぜんと努める。これを穢土というてもよし、浄土というてもよし、とに角、こんな塩梅でせつせつとくらす。而して離有なみだを流す、死んでからは、他力でどこかへ行く、又行かなくてもよい。」

鈴木大拙『百醜千拙』165頁)



私たちが、向上を目指しつつ、平凡な日常を送ることには、何ら問題はありません。

仏教は、問題を生じさせてしまった人に対し、応病与薬の対応をするにすぎない。

古来より、禅門において、「来る者拒まず、去る者追わず」として、積極的な布教をしない理由はここにあるのでしょう。




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大智と大悲とが一致する実例

「このハンバーグの下のパスタってかさ増しじゃん?」「まじ消費者舐(な)めてるわ~」。弁当の作り方について、女性が毒づきます。

すると、別の女性が解説します。

「これは“ガロニ”といって、時間が経つと出る油を吸ってベタベタになるのを防ぐの」

「揚げ物の場合は揚げたてが熱すぎて容器が溶けるから、それを防ぐ為(ため)にあるよ」

その様子を見ていた主人公。知識が教養があると、物事の理由がわかり、不満が減るーー。「勉強って大切なんだな」と、感心するのでした。

(ハンバーグの下のパスタ「かさ増し」じゃなかった!マンガで話題に 「知識が人生を豊かにする」作者の思い
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200321-00000003-withnews-sci



仏道の世界では、よく大智と大悲との一致を目ざすなどと言います。



「徹底した大悟の人においては、この大智と大悲が完全に調和して、人間の真のあり方を自ら示してくれる」

(藤吉慈海『禅と浄土教』101頁)



認識と倫理は別のように感じますから、言い回しが大げさなこともあって、とてもスピリチュアルなことを言っているようにも感じます。

しかし、私は、もっと日常生活に即した手堅いものだと思っています。

昨日、ネットニュースを見ていたところ、ちょうどいい実例が出ていたので、冒頭に引用をしました。



この消息については、ティク・ナット・ハン師がよい言い回しで語っています。



「理解と愛は、別々のものではなく、一つのものです。
 あなたの息子さんが、朝、目を覚して、遅くなっていることに気がついたとしましょう。妹を起して、学校に行く前に朝御飯が食べられるようにしようとします。ところが、妹は機嫌が悪く、(略)「うるさい。やめて」と言って、兄を蹴ります。おそらく彼は怒って、「親切に起してやったのに、なぜ蹴るのだ」と思うでしょう。(略)
 しかし、そのとき、妹が夜中にひどく咳をしていたことを思いだし、彼女が病気らしいことに気づきます。風邪をひいているに違いない。だから、わがままなのだろう。
 彼はもう怒っていません。その瞬間、目覚めた人が、彼の内にいます。理解し、目覚めています。
 理解するとき、あなたは愛さざるを得ません。怒ることができません。
 理解を深めるためには、生きとし生けるものを慈愛の目で見ることを、実践しなければなりません。
 理解するとき、愛します。
 愛するとき、自然に、あなたは、人々の苦しみをやわらげる行いをします。
 目覚め、知り、理解する人を、目覚めた人と呼びます。目覚めた人は、私たちの誰もの打にいます。私たちは、目覚め、理解し、そして同時に、愛にみちていることができます。

(ティク・ナット・ハン(棚橋一晃訳)『仏の教え ビーイング・ピース』24~25頁)



仏道では、すべての出来事には原因とそれに基づいて結果を生じさせる条件があると考えます。

ほかの人の行動の中には、自分自身が理解できないものもあり、そのような場合、腹が立つこともあります。

しかし、その人なりの合理的な理由がある場合も少なくなく、それに気づくことが大切です。



禅語で、「是非言う人は是れ是非の人」というものがあります。

分別心を離れていないことを指摘する言葉として用いられますが、そのような解釈は悟り臭い感じがしないでもありません。

ほかの人の行動に文句を言いたくなったような場面で、「ちょっと待てよ。何か理由があるのかも知れない。」と思い直す心掛けという日常的なとらえ方でもよいと思うのですが、いかがでしょうか。



気づけばその人にやさしくできますし、彼や彼女のために、自分に何ができるのか考えて、不必要な対立を避け、支え合うことができるようになります。



私たちは、日々悟らなくてはなりません。

解脱や涅槃などというスピリチュアルな自己満足のためではなく、ほかの人にやさしくなるために。

そうすると、スピリチュアルなものではなしに、手堅いのだけれども、解脱とか涅槃とか呼びたくなるような幸せな気持ちにきっとなれると思うのです。





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「ひじ、外に曲らず」ーー限界への畏敬

大拙には渡米直前の明治二九年一二月の臘八大摂心において、所謂見性体験があったと言われ、さらに渡米後、〈ひじ、外に曲らず〉という一句に出会うことでそれが徹底を見たと言われる。そのあたりの経緯を秋月が大拙にインタビューした際、大拙は、『〈ひじ、外に曲らず〉という一句を見て、ふと何か分かったような気がした。“うん、これで分かるわい。なあるほど、至極あたりまえのことなんだな。なんの造作もないことなんだ。そうだ、ひじは曲がらんでもよいわけだ、不自由(必然)が自由なんだ”と悟った。そのときの見解(けんげ)というか境地を、そのときなんでも毛筆で四、五枚のものに書いて、『妄想録』と題して日本に送って、雑誌にのせた』と語ったという。」

(水野友晴「鈴木大拙における「禅」の発見」17頁)



現実を愛することと、現実に執着することとの相違は、前者の現実は、「限界を含んだ現実」ということです。

「現実」は、圧倒的な迫力を以って迫って来るけれども、同時に、はかなさももっている。

目の前に展開する現実は、変転していき、永続するものがない。

自分と同様に生きていると思われる存在は、ずっと生きて動いているわけではなく、いつしか、活動する動力を失う、つまり、死ぬ。

すると、どうも自分も死ぬのだろうというふうに思われるようになる。



「死」という嫌忌すべき「現実」に立ちすくみ、恐慌状態に陥るのが、現実に執着しているということです。

そして、「死」という嫌忌すべき「現実」に抗いながら、どこか、来るべきところが来たらそれを受け入れる。

「死」という限界を含めた「現実」をも含めて愛することが、自覚的に、現実を愛するということです。

その消息を、鈴木大拙先生は、このように言う。



「浄土でぽかんとしていては、手持ち無沙汰でしようがないに決まっておる。還相廻向とかいうことはいやでもしたくなるであろう。して見るとこのままの穢土がよいのでなかろうか。痛い事も、つらい事も、苦い事、悲しい事、惨めな事もあるので、面白いというてはいかぬか知らぬが、まあそれでも可もなく不可もなしか。(略)
 悪いことがある、悲しい事がある、そのままを肯定して、忍受するのでない。悪い事を善くする、悲しい事は嬉しくする、その後から又悪い事、厭な事が簇がり起る、起れば又これを善い方へ転ずる、転ぜんと努める。これを穢土というてもよし、浄土というてもよし、とに角、こんな塩梅でせつせつとくらす。而して離有なみだを流す、死んでからは、他力でどこかへ行く、又行かなくてもよい。」

鈴木大拙『百醜千拙』165頁)



「悪いことがある、悲しい事がある、そのままを肯定して、忍受するのでない。」という消息。

忍受しないけれど、肯定すると言ってもいい。




このような限界を含めた現実の圧倒的に力に畏怖の念を抱き、これを尊重することが尊い

肘の可動範囲では、曲げ伸ばしができる。

私たちは、往々にして、自分の価値観に囚われ、可動範囲での自由な肘の曲げ伸ばしでさえできないような状態になる。

自分が深刻な根拠のない価値観にとらわれていただけだということに気づくと、可動範囲で、自由に肘の曲げ伸ばしが出来るような状態になる。

これも大変な魅力です。



けれども、本当に尊いのは、私たちが現実に対する尊さを感じるのは、可動範囲を超えて肘の曲げ伸ばしができない、という限界にあるのです。

大拙先生が、「受け入れる」ことをとりわけ重視するのは、このような現実に対する畏敬の念に由来するのでしょう。



「他力、受ける、向こうから授けるのを受ける、すなわち受動性というものが宗教にはあるのです。(略)『本性清浄』」ということにもなります。この清浄とは、ただ綺麗であるとか、大空の雲のない姿で、からりとして何もないという、ただそれだけを意味するのではなくて、そういう姿でないと、そこへはものが這入ってこないのです。これは受動性をたとえたのであります。受動性は、つまり絶対的包摂性と云ってもよいものです。」

鈴木大拙『無心ということ』9頁)



「現実」、私たちに限界を強いる現実に対する畏敬の念。

超越性を感じるような、この畏怖の念を「霊性」というのなら、納得のいく比喩です。



大拙先生の「霊性」とは、言葉尻としては「無分別知」のことです。



「人間の意識に課せられた(略)大矛盾に襲われるときが,霊性的自覚の契機である.霊性的自覚は実
にこの矛盾の根底に横たわっているのである.分別が分別を超越せんとして一大奮闘をやるとき,その
矛盾相克の真っ只中から,霊性の自覚が生まれるのである」

(石浜弘道「霊性の論理」『日本大学研究紀要第75号』82頁からの孫引)



しかし、「現実」の人間の創造力に限界を画す性質。

人間が嫌忌すべきはずであるはずのその性質に畏敬の念を払うというところに、「分別が分別を超越せん」とする消息があるとみてもよいように思うのですが、いかがでしょう。



大拙先生の「霊性」を俗な意味での「スピリチュアル」と捉えると、正反対の世界に誘われてしまいます。

そして、多くの人は、正反対の世界に誘われているのだと思ってしまい、おそらく、ここに大拙先生の失敗があるように思います。



「北米で仏教に改宗した者の大半は法華経等の大乗経典の行法を知らず、座禅などの瞑想法に興味を示す。」

(マコーミック龍英「研究・調査プロジェクト報告 2〈海外宗教研究PT〉北米禅宗における法華経の位置」『現代宗教研究 第51号』283頁)



アメリカに禅を広める上で、大拙先生の貢献は大きかったけれども、このような法華経等の大乗経典の行法、すなわち、現実に向き合いながら利他行為をすることではなく、現実逃避的に坐禅等の瞑想法にふけってしまう事態となることは、おそらく大拙先生の望むところではなかったものと思われます。



「禅堂生活は、空の真理が直覚的に把握せらるる時に終了すると考えられるばかりでなく、この真理が、あまたの試練・義務・紛争に満ちた実際生活のすべての方面において実証せらる時、(略)大慈悲(karuna)の心を生ずる時に、終了すると考えられる。(略)かかる理想のあるものを確固として会得する時、僧は禅堂を辞去し(略)、世界という大社会の一員として、その仲間の中に投じ、実際生活を始める。」

鈴木大拙鈴木大拙禅選集6 禅堂の修行と生活 禅の世界』157頁)



大拙先生は、坐禅による瞑想に耽溺するという個人の殻の中にとどまることではなく、禅の実践を通じて、個人の殻を打ち破り、より多くの人々を幸福にする活動ができるようになることを望んでいたはずです。



「晩年の鈴木博士は禅者が智の面に傾き過ぎて大悲の面を見失ないがちなのを指摘せられ、禅仏教と浄土教との、あるいはキリスト教との接点を追求されたのは人の知るところである。」

(西村恵信「禅仏教における「仏」の否定の二類型」472頁)



次の書簡からも大拙先生自身の失敗に対する認識が伝わってきます。



大拙の批判は他者ばかりへ向いたものではなかった。日本国内仏教の一面が望ましく進化していなかったことに加えて、自分が大いに貢献した西洋への禅仏教の伝達以後の発展も上手くいっていなかったと心配していた。アメリカ人支援者Ernest Brooks への1958 年の手紙には次のように反省する:(略)
 友人達と話して、また学者や評論家が最近書いた、禅に関する論文を幾分読んた結果、今までの私のやり方よりも、禅をもっと体系的・総合的に扱うべきだと思うようになった。
 禅について書いている殆ど全ての西洋人と東洋人とも、禅の最も本質的で重要な部分を誤解している。彼等の解釈や議論は全て誤った方向にあり的外れである。この不幸な現状の責任の一端は、私が書いたものが禅の関わる全ての分野を網羅してこなかったことにあるかと思う。実のところ、私が禅について書けば書くほど禅はより誤解されやすくなってしまう。しかし、私は力の及ぶ限り執筆することでこの状況を何としても正さねばならない。」

(ステファン・P・グレイス「【思想研究】鈴木大拙の現代仏教に対する批判」『国際禅研究2018年2月』104~105頁)






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修証一如

「俳句の道に入ったからには、とにかく作ることから始まります。多く作り、多く反省して、自分を鍛える。これが唯一の方法であります。」

(阿部筲人『俳句――四合目からの出発』5頁)



先日、一月半ぶりで、80歳過ぎの母に会いました。

痴呆症の大きな要因の一つには、外出率の低下があるということで、一月に一度は、母と連れ立って、上野の美術館などを巡ったりするのですが、雑事や新型コロナウイルスによるプチパニックな状況が続いており、母に会って居りませんでした。

感染に対する危惧もありましたが、気が滅入ると、抵抗力も落ちますし、こういう時だからこそ、独居の母の様子を把握する必要があると考え、備蓄の少なくなった貴重なマスクを出すなど防備をして、母に会いに行きました。

とはいえ、このような状況で、遠くの人ゴミのある所に行くのはリスクですから、今の母の最寄り駅の近くの喫茶室で会うことにしました。

普段は、美術館に行ったりするので、会話の材料に苦労しないのですが、沈黙が続くのもどうかと思い、母は俳句が趣味であることから、何か話題を作るネタになるのではないかと考え、三分の一程度読んだ後は、積ん読状態であった上記の本を読んでから行きました。



「俳句の道に入ったからには、とにかく作ることから始まります。多く作り、多く反省して、自分を鍛える。これが唯一の方法であります。」



冒頭の方にあった一文で、一度目は目にしたはずですが、最初のときは特に考えもせずスルーしていたのだと思います。

極めて凡庸な話ですが、今回目にした時には、非常に心に響きました。



臨済宗曹洞宗はもちろんのこと、天台宗真言宗日蓮宗、浄土宗、浄土真宗などといったいわゆる「大乗仏教」の本質は、自分自身が既に菩薩であることを自覚して生きることです。



大乗仏教は菩薩乗と称せられるように『菩薩』の仏教であった。『大乗』という語の使用よりも『菩薩乗』という語の使用がより古いということからもそれは明らかである。初期の大乗仏教を担った人々は自らを菩薩であると自覚し,菩薩の道を歩むべきものと自覚した人々であつた。彼らは部派仏教の声聞に選んで自らを菩薩と称した。大乗仏教とそれ以外の仏教とを分かつ基準となるものは菩薩の仏教であるか否かというところにあるといってよい。」

(高橋審也「初期大乗仏教教団と戒律」133頁)



自分で書いていて何ですが、「既に菩薩である」といってもスピリチュアルな意味ではありません。

人間は群生動物です。

多様な個性を持つ個体同士が共在しながら、助け合うことを通して、各個体の生存を維持してきました。

よい仕事をして、よい家庭を築く。

その日常的な営みの中に、助け合い、すなわち、利他の精神が端的に示されます。



助け合いの精神を忘れ、争い合ったり、抜け駆けしようとする行為は非難されます。

逆に、自分の身を犠牲にしても、ほかの人を助ける行為は称賛されます。

時には自分自身そういうあり方を目指します。

このようなごく普通のあり方の中に、菩薩の精神が現れます。



仏道とは、他の人を助けて、救っていくことです。

たとえば



「『法華経』の教えは利他のために生き、他人のために実行する教であり、その功徳は小乗の最高の悟りより勝る」

(鎌田茂雄『法華経を読む』291頁)



とされます


そして、人を助けていく中で、他者からの承認を得ると同時に他者の承認からも自由になることのほか、端的な充足感、そして、人生の価値を見いだしていくことなどを通して、自分自身をも救われるのです。



「御佛に帰依するのは(略)信仰の代償として御利益を祈るのではない。佛心(みこころ)に随順し、佛恩に感謝するのですから、故(ことさ)らに病気の平癒も祈らず、海路の平安も祈らず幸福快楽をも祈り求めない。けれども浄信の在る所には安心があり、歓喜があり、平和があり、疑わず、懼れず、惑わず、驚かず、事に当って其正鵠を失わぬ。そこで病気も早く全快し、航海にも危険を免れ、富貴をも得、幸福を得らるる。真の信仰は求めず祈らずして、祈る所求むる所が得らるるのです。」

(忽滑谷快天『正信問答』171~172頁)



仏教における「助け」、すなわち、布施は、人の求めるものを与えることが基本です。



「あらゆる生命のあるものには、その欲するところに従って、そのものに楽しみを与えるべき物を与えると説く。(略)千差万別のどんな人でもその人なりの欲求を持ち、その人なりの願いをもつ。まず物を与えることによって、それらのどんな人の願いもかなえてやるというのである。」

(鎌田茂雄『法華経を読む』289頁)



けれども、本当に他者が何を求めているのかは、他者の心の中がわかるわけではありませんから、本当のところはっきりとはわかりません。

そもそも、求めるものを与えることが本当にその相手のためにならないような場合もあります。

薬物中毒の人に対して、求められるまま薬物を提供してはならないでしょう。



また、「助ける」といっても、食べることができるものを作ったり、雨風のしのげる建造物を建てたり、人の病気を治したりなどといったことを考えると、人を「助ける」には、技術もいります。

私も、中高生の頃、ボランティア活動で老人ホームなどに行った際、特別な技術があるでもなく、却って職員の人に気を使っていただき、気恥ずかしい思いをしたことがあります。



そこで、「助ける」ためには、訓練が必要だということになってきます。

それが、仏道の、大乗仏教の修行ということになってきます。

大乗仏教の修行とは次のようなものであるとされます。



「(華厳経の場合)六度、すなわち布施、持戒、忍辱、精進、禅定、知慧の六波羅蜜を修行することは大乗仏教の菩薩の修行とまったく同じであり、この六度によってみずから悟りの境地を目指すと童子に、他の人びとをも救おうとするのである。(略)
 六度のなかでとくに重要なのが布施ということである」

(鎌田茂雄『華厳の思想』151頁)



「(法華経の場合)序品のなかで、菩薩のためには仏は六波羅蜜を説くというが、この六波羅蜜大乗仏教の修行の徳目としてはもっとも重要なものである。波羅蜜とは梵語パーラミターの音写語で、彼岸にいたることの意味で『度』と訳されている。そこで六波羅蜜のことを六度ともいう。その六つの徳目とは次のようである。
 (1)布施―与えること。財施(物を与えること)、法施(ほっせ)(真理を教えること)、無畏施(安心を与えること)の三種がある。(2)持戒―戒律を守ること。(3)忍辱―苦しみに堪え忍ぶこと。(4)精進―たゆまず努力すること。(5)禅定―精神を統一すること。(6)智慧―正しい智慧を得ること。
 この六度のなかで『法華経』が特に強調するのは、布施である。

(鎌田茂雄『法華経を読む』46頁)



著者が同じ鎌田茂雄先生ですから、言い回しとか同じですね……。

六波羅蜜以外では、禅門ですと、四摂法ということもよく言われます。



良寛が『正法眼蔵』のなかから書き抜いて,いつも心の支えにしていたのが『愛語』の一節です。仏教では人を仏の道に導くのに四つの方法があるとし,これを四摂法(ししょうぽう)(四(し)般若)とよびます。
 『布施,愛語,利行,同事』がその内容で,この四つが菩薩の願いであり,修行なのです。(略)布施は施しですし,利行は利他行,他人のためにつくすことで,同事とは同化,つまり相手の立場に立って考えることです。
 では愛語とは何でしょうか。
 道元は『愛語というは,衆生を見るにまず慈悲の心をおこし,顧愛の言葉をほどこすなり』と述べています。
 衆生とは迷える者すべて,慈悲とはもともと『好意と同情』という意味で,仏教では仏が楽を与えることを『慈』,苦しみを取り除くことを『悲』ということもあります。私たちは『思いやりといつくしみの心』と覚えておきましょう。『顧愛』の顧はかえりみるという意味です。
 後ろを振り返って『大丈夫ですか。もう少しですよ』と声をかけることです。」

(花山勝友『[図解]禅のすべて』137~138頁)



最近読んだ本でよいなと思ったのが、コレ。



「禅は、ことのほか作務を貴ぶ。どちらかといえば、坐禅や看経(かんきん。読経)より重視されるといっていい。ひとくちに作務といっても、私が伊深の正眼僧堂にお世話になっていた頃に体験したような、大土木工事から庭の草むしりまで、やろうと思えば、幅広い仕事が待ち受けている。」

(関大徹『食えなんだら食うな』130頁)



坐禅より重視される」。

とても大切なことだと思います。

そもそも、先に見た六波羅蜜六度といわれる大乗仏教の修行の中で、禅定は、5番目に置かれているものにすぎません。

そして、只管打坐の坐禅を説く、道元禅師も、六波羅蜜を挙げる法華経を重視し、また、「典座」などといった作務を重視していたのです。



道元禅師が、経典のなかにおいては、法華経をもっとも重視したことはひろく知られているところで、『眼蔵』中に法華経讃歎のことばがおおく投げかけられていること、『眼蔵』に引用された経典中では法華経が群をぬいていること等と併せ、禅師と法華経との関係はきわめて濃厚であるといわねばならない。」

(川口恵隆「道元禅師の法華経」『印度學佛教學研究第五十四巻第一号』209頁)

道元は、(略)24歳のときに宋に渡る。そして、宋に着いてからもしばらくの間、船内に止まることになる。
そこで、後に『永平清規』に『典座教訓』として書き残される老典座と出会うことになる。
道元はこの時点で、食事をつくることは雑務であると認識しており、修行と切り離して考えている。そして、老典座にその誤りを指摘されることになる。仏道修行は、日常生活と切り離されたところにあるのではなく、現実の一瞬一瞬において実践されるべきものであることを老典座に身をもって教えられるのである。」

(橋本弘道「道元の仏教観」『日本大学大学院総合社会情報研究科紀要 No. 4』398頁)



坐禅は、扁桃体の活動を低下させ、私たちが前向きな活動をしていくことを容易にする有力な手段です。



「ボサツは利他を目的として静慮パーラミターにはげむ(略)精神が散乱していたのでは有意義な活動ができない。静慮は精神を安定させる作用をする。(略)静慮――ヨーガ――はまた、その人の身心の能力を開発すると言われる。(略)大乗のボサツたちは静慮パーラミターを実践することによって、すべての衆生を不幸から救い、幸福を授ける。ここでは静慮は独善的な沈思黙考ではなくて、精神力を発揮する社会的活動の原動力となる。」

渡辺照宏『仏教』176頁)



しかし、扁桃体の活動の極端な低下に伴う異常心理にはまり込むことを楽しむことへ目が向かってしまうと本末転倒です。



「タダ坐禅、タダ念仏。――この『ただ』ということが、凡夫にはツマラナク思える。凡夫はいつでもなんぞツリがほしいんじゃ。
 坐禅まで利口ぶろうとして、寒暖計があるようにクックックとあがって、『ああいい所へ来た来た』と思って、やっている奴がある。しかしそれでは坐禅にならぬ。」

(沢木興道『【増補版】坐禅の仕方と心得』140頁)

「多くの人が好奇心から坐禅を始めますが、それでは自分自身を忙しくしてしまいます。修行によって、より悪い状態になるなど、ばかげています。(略)あまり禅に興味を持ちすぎるのもいけません。若い人が禅に夢中になると、学校をやめてしまし、森や山にこもって坐禅を始めます。この種の興味は本当の興味ではありません。
 落ち着いて、日常の修行を行っていれば、自分の人格は強いものになっていきます。心がいつも気ぜわしいと、人格をつくる余裕がなく、うまくいきません。」

(鈴木俊隆『禅マインド ビギナーズ・マインド』110頁)



坐禅を貴ぶ禅門においてすら、「日常の修行」、すなわち、「作務」が重要であると説く、関大徹師の言葉には重みがあります。



閑話休題

先に示したいくつかの引用のとおり、大乗仏教の修行の上で最も重要なものは、布施、愛語、利行、同事、作務などといった「利他行」です。

しかし、このような利他行と呼ばれるような行為を行い続ける人は、それ自体、「菩薩」でもあります。

私達には、それぞれ能力の優劣がどうしても出てしまい、利他行をすると言っても、その能力に応じてやるしかない、短者は短法身でやるしかない。

しかし、利他行を行なう、そのこと自体の中に、既に、「菩薩」という理想のあり方が現成します。

「修証一如」――修行それ自体が、そのまま悟りである――その端的が示されます。



「菩薩の道に入ったからには、とにかく利他行をすることから始まります。多く利他行をし、多く反省して、自分を鍛える。これが唯一の方法であります。」





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【参考資料】坐禅修行の非本質性

先日、臨済宗系の勉強会に参加したところ、久参の方から、坐禅をしなくても、見性することはあるのかといった質問が講師の方に対してされる場面を目にしました。

そもそも見性やら悟りやらにこだわるのもどうかと思うのですが、見性や悟りという観点からも、それらにこだわらず広く仏道という観点からも、坐禅にはこだわる必要がないということは教養としてあってもよいと思われます。

私自身、坐禅から、相対の次元でよい効果が得られました。

ですから、習慣的に続けています。

けれども、あまり坐禅にこだわりすぎると、却って、妄想から離れ現実に向き合うことにつながる坐禅が、妄想の上塗りをすることになり本末転倒です。

執着しないことは、坐禅それ自体にも適用する必要があると思います。

1 釈宗演「禅学大衆講話」『釈宗演全集第一巻』

大慈悲を有(も)ってあれば、誰れでも(略)、立派な佛であります。(略)慈悲心のある所は、佛のある所、慈悲心と、佛と意味は共通しています。(略)
『佛心とは大慈悲心是れなり。』というところへ来ては、悟りといい、理屈というようなものは入要(いりよう)ありませぬ。」(217~218頁)

「仰信の方(*浄土門のこと)になりますと『何事のおわしますかは知らねども、かたじけなさに涙こぼるる』で其の中に真理があります。純粋の信はこれで宜しく、何(な)にか分(わか)らぬが、唯有難さに涙こぼする。此一の信仰がありますならば、毎日々々感謝の念を捧げて仕事をする事が能(で)きようと思います。即ち命令を受けたのでなく、我が仕事は我が自身の天分として、働くということになります。そうすると日々夜々働いて居る仕事も、有難涙がこぼるる感謝の念を有(も)ちて、倦むことなく、今日を渡ることが能(で)きようと思います。」(122~131頁)

*「感謝」して、「仕事をする」ことが、禅門での「大悟徹底」でもあります。

「衲(わし)一己の考から言うと、死の覚悟と言う外に別に覚悟はないであろうと思う、我々が日々夜々其境に臨み其事に接し、其時々々、其日々々感謝の念に住して愉快に送っていくのが、それが衲の安心である。(略)
只息を引取る時迄各々其日々々の務をして、スーと息を引取ったらそれで早や本望である。大悟徹底も即ちそれであると思って居る。」(釈宗演『快人快馬』181~183頁)

2 菅原時保『碧巌録講演(其二)』

「一切の学問、総ての技芸、何れも実際の生活に何等かの為にならねば、学問の為の学問、技芸の為の技芸で、一種の遊戯、一種の仮装、寧ろ世に於て功なく還って有害であります。然るに禅は、心の外に学問と云う紅粉を塗るでなし、技芸と云う衣服を飾るでなし、天然のまま自然のままの本心本性、それを、そのまま今日の上に横拈倒用するのであります。故に故人の所謂、処々真、処々真、随処に主となり、――箇々転処に立在す、と云う、それを事々物々上に於て実践躬行(*)する、それが真箇の正禅であります。真箇の正禅は世縁に随順して決して世縁と相違したり違反したり致しません。若し萬一、萬々一、世の中の実生活に違反したり、相違したりする様なことがあれば、それは、未だ正禅の堂奥に登らざるお人の夢路であります。――苟も正禅の堂奥に到達された御人であるならば、水に入っては水に同じく、火に入っては火に同じでなければなりません。真箇世縁に随順することが出来ますれば、坐禅をなさらなくとも、禅書を御覧になさらずとも、禅の提唱をお聞きになさらずとも、それで完全の正禅者であります。」(60~62頁)

*じっせんきゅうこう。自分で実際に行動すること

3 有馬賴底『無の道を生きる――禅の辻説法』

「私たち禅僧の場合は、日々のお勤めをしたり、坐禅をしたりという修行をして、今しているそのことだけに「集中」をする、そうしたらほかのことは何もない。ただ経を読む、ただ坐禅をする、それだけなんです。それが純粋ということです。(略)
 ことさら禅の修行なんてしなくたって、日常、これすなわち、体験であり、修行になりうるわけです。
 そうした体験を通して、知ったことを全部、自分に受け入れるんですね。」(21~22頁)

4 石井清純『禅問答入門』

慧能にとっての実践は、坐禅ではなく米つきでした。しかもそれは、まだ出家する前のことだったのです。これによって、禅の修行は、「坐禅」だけでなく、日常生活一般へと開放されていくことになります。」(51~52頁)

5 伊吹威『禅の歴史』

「神会(*)は『菩提達磨南宗定是非論』において次のように述べている。

 今、私が「違う」と言ったのは、神秀禅師が「心を凝らして定に入り、心の働きを止めて清らかな世界を見よ。心を働かせて外界を認識し、心を収めて内に悟れ」と教えているからにほかならない。……このような教えは、愚者のために説かれたものである。……だから、経典に「心が内にも、外にもないのが、宴坐である」と言うのだ。このように坐禅するなら、仏はお認めになるであろう。今まで、六代の祖師で、「心をこらして定に入り、心の動きを止めて清らかな世界を身よ。心を働かせて外界を認識し、心を収めて内に悟れ」などと説いた人は一人もいない
 
 また、『南陽和上頓教解脱禅門直了性壇語』には、次のような主張も見られる(略)。
 
 諸君!どんな善悪も全て考えてはいけない。心を凝らしたり、心を止めたりしてはいけない。心によって心を見ようなどとしてはいけない。見ることに囚われだしたらだめだし、視線を落としてうつむくなら、視線に囚われるから、やはりだめである。心を収めようとしてはいけないし、遠くや近くを見たりしてもいけない。それではだめなのだ。経典に言うではないか、「見ないということが菩提である。憶念がないがゆえに」と。これこそが、静寂なる自性心なのである。

 恐らく、彼には、種々の工夫に基づく北宗禅の修行が回りくどいものに見え、それがもどかしくて仕方なかったに違いない。そこから『菩提達摩南宗定是非論』に見られる、次のような独自な「坐禅」の理解も生まれてきたのである。
(略)
 和尚が答えられた、「もし坐禅の仕方を教え、《心を凝らして定に入り、心を止めて滑らかな世界を見よ。心を働かせて外界を認識し、心を収めて内に悟れ》などと言うのであれば、菩提を得る妨げになるだけである。私の言う《坐禅》とは、思念を起こさないこと、それが《坐》なので、本性を見ること、それが《禅》なのである。だから、私は、坐禅の方法を説明したり、《心の動きを止めて禅定に入れ》などと言ったりしあにのである。もし、彼等の言うことが正しいのであれば、サーリブッダ舎利弗)が坐禅していたのをヴィマラキールティ(維摩詰)が叱ったりするはずがないではないか!
 これは実質的に坐禅修行の意義を否定したものというべきであり、神会の思想の特色を最も鮮明に示すものといえる。」(42頁)

*荷沢神会=六祖慧能の弟子。現在の禅宗は神会の系列に属することになる。
 
「神会は、坐禅という修行法の意義を、少なくとも思想の上では完全に否定してしまったので、彼の著作には、このような心理的描写は全く見られず、また、修行上の工夫も否定するに至ったのである。(略)
 神会は、普寂の一派に見られた極度に内面的な性格を批判する過程で、「頓悟」をことさらに強調し、遂には修行の持つ実質的な意義そのものを否定してしまったのである。これは、それ以前の「頓悟」説が、心理上の事実に基づく主張であったのに対して、それから、そのような基盤を投げ捨ててしまい、それを一気に「煩悩即菩提」という認識の問題へと転換したものといえよう。」(44頁)

「特に注目されるのは、(宗蜜の伝えるところによると)彼らがほとんど一切の仏事や修行を行わなかったということである。これは、荷沢宗において「頓悟」を「煩悩即菩提」という認識の問題に還元し、坐禅などの実践の占める位置を思想的に無化してしまった流れを承け継ぎ、それを徹底させるとともに、それをそのまま実践に移行させたものと言うことができるであろう。」(50)

6 小川隆坐禅して人が仏になるならば」『神会 敦煌文献と初期の禅宗史』付録

「博多の(略)仙厓義梵に「坐禅蛙」と称される一枚の絵がある(略)。
その絵には仙厓自身の次の賛が書き付けられている。
ーー坐禅して人が仏になるならば 厓
(略)いろいろな意に解することができるだろう。(略)
だが、いずれにせよ、ここで坐禅の継続によって成仏に至るという伝統的な修禅主義が否定されていることは間違いない。禅宗といえば、坐禅によって悟りを目指す宗派、などと国語辞典には書いてある。しかし中国の禅の語録を読んでゆくと、実際には、坐禅の解体と日常の営為の肯定こそがむしろ禅思想の基調であったことに気づかされる。そこには、何人にも完全なる本来性が具わっていて、その本来性ゆえに人はそのままで仏と同質なのだという前提がある。」

7 鎌田茂雄「禅思想の形成と展開」

「『臨済録』を読んでみると、坐禅については一言も言っていないし、公案についても言ってはおらない。そこでは人間の実存の根拠というか、人間の真の自由とは何か、ということを追究しているのである。」(72頁)

8 境野勝悟「道元「禅」の言葉

仏道修行は、何も、坐禅をくむだけではない。坐禅が嫌いな人だっている。坐禅がいやな人は仏道修行ができないのか。とんでもない。坐禅をしようがしまいが、仏道修行というのは、「人のため」に尽力して生活することなのである。なぜであろうか。「人のため」に努力しているときこそ、わたくしたちは、だれもが宇宙と一緒に生きているときだから……。そのときこそ「無我」だ。「仏」だ。」(191頁)

9 末木文美士『日本仏教史』

「(聖徳)太子の思想ということになれば、ここでどうしても『三経義疏』について触れなければならない。これは『法華経』『勝鬘経』『維摩経』の三経に対する註釈で(略)
法華経の)安楽行品の「常好坐禅」という一句の解釈はきわめて興味深いものである。すなわち、ここでは経の本文はもちろん、法雲などの解釈も「常に坐禅を好め」という意に解しているが、『義疏』ではあえて異をとなえ、山中で坐禅ばかりしているような修行者は小乗の禅師であり(「常好坐禅少(小)乗禅師」)、菩薩が近づいてはならない十種の対象(十種不親近)の一つとみたのである。
 もし本書が太子の真撰とするならば、ここは自ら在俗の仏教者としての実践を貫いた太子が、世俗を離れた山中修行を否定した強い自己主張がみられることになる。一体、太子の
みでなく、日本の仏教史を通して在家重視の傾向は一つの大きな特徴となる」(38~40頁)

10 廣田宗玄「「狗子無仏性話」に関する考察」
 
「宋代以後、ダルマを面壁九年を行ずる「壁観婆羅門」と規定するに伴って、「壁観」そのものを坐禅の意と解されるようになった。しかし、本来の「壁観」は般若空の実践そのものであったはずであり、宋代以後の「壁観」の解釈は、明らかな偏向であり、その一端が黙照禅の台頭であった。」(21頁)

11 柳田聖山『禅思想』 

「当時(唐中期)、すでに座禅を軽視する一部の傾向があった」(28頁)





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禅=現実=大拙の“something”

「禅は、五官のはたらきも知的作用も道徳も無視しない。美しいものは美しく、善いものは善く、真なるものは真である。禅は、われわれが眼前の事物を評価するために普通下す判断に反対はしない。禅を形成するものは、これらの判断の一切に、更に禅が附け加へた『或もの』(サムシング)であり、この或るものをわれわれが悟つたとき、われわれは禅に生きるといふことができるのである。」

(『禅による生活』鈴木大拙全集(旧版)第12巻の孫引き――ステファン・P・グレイス「【思想研究】鈴木大拙の現代仏教に対する批判」『国際禅研究2018年2月号』107頁)



誰しもあると思うのですが、物心のついてからのあるとき、この目の前に展開する世界はもしかしたら「夢」ではないか、ということを思いつく。

現実の世界を夢であるものとして捉えることにより、「現実」の世界の生きづらさから、救われるところがある。

私もその一人です。



「畢竟夢」、「泡沫夢幻」。

このような言葉が、世界は夢ではないかとの感覚に沿うことから、仏教に興味をもつ人も多いかと思います。



すべては思い込み。今生きることが辛いのも思い込み。思い込みをどうにかすれば楽に生きられるのではないか。

禅書を読むと、すべては心の持ちようであり、心の持ちようが変えればよいという話が繰り返し出て来ます。

私たちは、どこか考え方の枠組みにとらわれていて、その枠組みを外せば楽に自由に生きられる。



「心というものは取りよう次第で、如何ようにもなるもので、何がなしにぼんやり考える時は、世界は我がものの如くに思われる場合もあり、又或場合には、世界は洵に広いような狭いような、楽しいような苦しいような、色々に思われることもある。(略)世界を我がもの顔にして喜ぶ人もあれば、其れを悲観して泣く人もあり。当人の心持次第で、世界が楽しくもなり苦痛にもなるので、此処が余程面白い所である。」

(釈宗演『観音経講話』1頁)



この目の前の世界に展開する出来事はすべて移ろいゆくまぼろしのようなものだ。

諸行無常だ。

それにもかかわらず、そこに現われるものを実体化して、こだわるから、「苦」が生じる。

諸行無常のものを実体としてあるものだと囚われるのをやめればよい。

自分を縛っていた価値観などは妄想であり、それを捨て去れば楽になる。



私の意識というところからみれば、目の前に展開している世界は、感覚器官から感受される映像、音声等にすぎない。

私の意思も気づいたときにはどこからかやってきているものにすぎない。

私は、その感覚の先にあるはずの確かな物に触れることはできない。

すべては妄想だ。



仏道修行とは、目の前に展開する「現実」を思い込みである、妄想であるものとしっかり捉えることだ――。



それを目ざして、瞑想に耽るのが上座仏教です。

そして、禅についても、同様の流れに行くような在り方があります。



「古代の自由人は、人間の積極的な活動を阻害する三個の怪物を殺戮してしまう。――精神の粘着停滞する対象と、精神の奔放な発動を圧迫する禁止的価値観と、われわられの大胆な自己主張を畏怖せしめる死の脅威とを。そして自我の本質を把握することによって、これらの反生命的怪物を喝散し尽す自由人が、しばしば人もなげに高らかな哄笑を擅(ほしいまま)にすることに何の不思議があろう。」

(前田利鎌『臨済荘子』9頁)

臨済は、学人のよるところ、跼蹐(きょくせき)するところを片っ端から破壊して、相手を自由の天地に駆り立てて行く。ここにおいて彼は、飽迄も徹底的な偶像破壊者となって現れて来る。かの四科揀にせよ、四喝にせよ、要するに学人の依るところ、執着するところを殺戮して行く破邪の剣である――『仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺し、羅漢に逢うては羅漢を殺し、父母に逢うては父母を殺し、親眷に逢うては親眷を殺し、初めて解脱を得て物と拘わらず、透脱自在なり。諸方の道流の如くんば、未だ物に依らずして出で来る底にあらず。』――自己の自由と主権とを阻害する一切の対象は破壊されねばならない。」

(前掲書41~42頁)



坐禅に興味をもちはじめてしばらくしてから、これらの言葉に出会い、元々価値相対主義の考え方を持っていたことから、このような言葉に大いに納得しました。

だから、仏教をどこか道徳的なものだと捉える考え方はどこかにごまかしがあるのではないかと思っていました。



「四弘誓願は、『衆生無辺誓願度』で始まり、それから『煩悩無盡誓願断』へ移って行く。(略)煩悩を断ぜんというも、法門を学ばんというも、悉く衆生を済度せんとの本願から出るのである。(略)
 隻手の声をきくのも、本来の面目を見るのも無字を悟るのも、畢竟するに知的方面の話ではなくて、実にこの本願の真実相に徹底せんためである。(略)
 この本願力の発動を感得しなければ、千七百則の公案も皆虚言にすぎぬ。
 あるいはいう、いくら『衆生無辺誓願度』でも自救不了(じくふりょう)では仕方があるまい、されば何よりまず煩悩を断じ法門を学ぶべきであろうと。これは一寸もっとものように聞こゆるけれども、そうではない。ただ自ら満足するために断煩悩するのは小乗である、ただこの世を苦と感じて涅槃の無余に入らんというは菩薩ではない。(略)
 この覚醒の伴わぬ修行は魔の修行である。禅者が往々にして破戒無慚の徒となってしまったり、知解的公案解釈者と転じ去りたりするのも、最初の動機において一歩を踏み外したからである。」

鈴木大拙『百醜千拙』93~95頁)



このような考え方を道徳的なものではないかと嘘くさく感じ、たとえば、次のような考え方がものごとの本質を衝いているのだと思っていました。



「ゴータマ・ブッダの教えは、現代日本人である私たちにとっても、『人間として正しく生きる道』であるかどうか、ということである。
 結論から言えば、そのように彼の教えを解釈することは難しい。(略)ゴータマ・ブッダの教説は、その目的を達成しようとする者に『労働と生殖の放棄』を要求するものであるが、しかるに生殖は生き物が普遍的に求めるものであるし、労働は人間が社会を形成し、その生存を成り立たせ、関係の中で自己を実現するために不可欠なものであるからだ。
(略)ゴータマ・ブッダの仏教は、私たち現代日本人が通常の意識において考えるような『人間として正しく生きる道』を説くものではなく、むしろそのような観念の前提となっている、『人間』とか『正しい』とかいう物語を、破壊してしまう作用をもつものなのである。」

(魚川祐司『仏教思想のゼロポイント 「悟り」とは何か』35~37頁)



確かに、いろいろな概念は私たちが造り出したフィクションであり、虚妄です。

しかし、フィクションであるから否定すべきかというとまた違います。

言語、貨幣、国家制度……いずれも、フィクションですが、私たちの生活の上で有用なフィクションです。

囚われてはならないですけれども、重要なことは、それをうまく使いこなすことです。



さて、自分の持っている世界観が虚妄であると気づき、それをぬぐい去るため、仏道修行を繰り返す。

一生懸命繰り返す。



なぜ、一生懸命繰り返すのか?

それは、虚妄であるはずなのに、虚妄であるものとしてなかなか処理ができないから。

私の目の前に展開する世界。

それは私たちが感受しているという点では夢や妄想と変わらない。

常に変化するうたかたのもの。

私の人生もいつかおわるうたかたのもの。



しかし、どうもうたかたのものにならない。

目の前の世界は、圧倒的な力をもって私の眼前に迫ってくる。



夢や妄想と代わりないはずのものなのに、この目の前の世界がもっている圧倒的な「現実感」。

それが鈴木大拙先生のいう“something”にほかならない。



五官のはたらきも
知的作用も
道徳も
眼前の事物を評価するために普通下す判断――美しいものは美しく、善いものは善く、真なるものは真――も



すべて、夢の世界、妄想の世界にも存在する。

しかし、この現前に迫ってくる世界の「現実感」。



先の『観音経講話』の引用に引き続いて、釈宗演老師は、こう言います。



「其心、其我れというものは畢竟どんなものであるかというに、それを調べて見るのが仏教の初門であって、初門即ち入口とは言うものの、それが又実は一番のおん詰りである。」

(釈宗演『観音経講話』1~2頁)



これが“或もの”。



このことを禅匠はよくこのようにいいます。



「禅は実際である。決して理屈でない。」

(菅原時保『禅窓閑話』2頁)



禅は、現実であり、妄想ではない。



人は哲学的に考えようとするとき、自分の意識からスタートする。

「我思う故に我あり」

デカルトの定式は、確実に考える上では、オーソドックスで、強固な手段です。

誰もが確実だといえるのは、自分の意識、自分の心。



目の前の世界は、夢かも知れないけれども、自分の心は確実だ。

そこでは、夢と現実の区別はない。

現実の世界も、思いを変えれば、いくらでも見え方が変わるはずだ。

夢と現実の区別を超越した無分別、平等一枚。



しかし、この現実の世界にはあまりにも強固な存在感がある。

心から考えようとすると、そのことを忘れてしまう。

それを徹底すると、麻薬を使って、夢の世界で幸福を感じることもよしということになる。


心ばかり見てしまっている者に目の前の世界の圧倒的な現実感を教えるのが「痛み」。

「痛み」は心の持ちようによってごまかせない圧倒的な現実感がある。

だから、力量のある禅匠は、痛みで学人を説得する。

鼻をひねり、三十棒を食らわす。



「腹張って、苦しき中に暁烏」

門人が弱音を吐いたものとして隠そうとしたこの山岡鉄舟の辞世の句を、滴水和尚が「さすがは鉄舟さんだ」と賛じた肚もここでしょう。



人間が尊い理由は、畢竟夢と言ってよいものを夢とせず、泡沫夢幻と言ってよいものを夢としないところにあります。

目の前の現実を現実として尊重する。



ここで大智と大悲が一致する。



妄想の世界に生きていくのではない。

現実の、意志の力によってはいかんともしがたい力のあるこの現実の世界。

その意志の力ではどうにもしようがない、圧倒的な力を称して、仏道では、「真理」と呼ぶ。

「真理」は目の前に常にまけだされている。

ここに言葉を加えることは、それ自体妄想。

だから、不立文字であり、教化別伝。



現実を尊重して生きていくこと。

そのことを自覚して生きることが仏道

目の前の現実の世界を尊重して慈しみながら生きて行くこと。



煩悩即菩提。目の前の泡沫無幻の世界をありのまま現実として受け入れる。



すごいことのようにも思えるけれども、誰もが生きている以上はしている当然のこと。

目の前の現実を現実として尊重する。

誰もがこの現実の世界を現実のものとして生きている以上はやっていること。



だから、衆生本来佛也。

誰もが目の前にある、この世界を尊重しなければならないということは分かっている。

仏道修行などする前から、誰もが悟っている。

仏道修行などする前から、誰もが既に仏である。



自分自身が現実の世界を尊重する心を持っていることを自覚する。

これを直指人心という。

このような自覚を持ったとき端的に「仏」であることが示される。

これを見性成仏という。



仏道とは、誰もが生きている以上は普通にやっている世界を尊重していることを自覚して、この現実の世界を慈しみ、愛しながら生きることにほかならない。



現実の側からいえば、悉有仏性。

意識の側からいえば、清浄心





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隠山派と卓州派との室内の相違

白隠の会下に四十余人の豪傑があったが、其中(そのうち)東嶺(とうれい)遂翁(すいおう)の二師が其(その)上足(じょうそく)であった。(略)遂翁の法嗣(ほっす)は、(略)春叢(しゅんそう)と云うので断絶してしまった。所が東嶺和尚の方脈は益々繁昌して、以て今日に至って居る。(略)そして師なる白隠の末の弟子に若年の峨山(がざん)と云うのがあったが、一日白隠が東嶺に向って、峨山は見込のある奴だから、今より汝の弟子として十分に修養させて呉れと、峨山に託された。(略)そして此峨山下に、頭の極緻密な卓州と、豪放不羈な隠山とが現れた。(略)
今の臨済宗は皆な此卓州隠山の両派の者計りで、卓州派でなければ、必ず隠山派であるのだ。」

(竹田黙雷『禅の面目』24~26頁)



白隠公案禅の系統に卓州派と隠山派の二つの系統があるという話は、秋月龍珉先生の本などを通して知ってはいたのですが、私自身、公案の実参実究に対する興味が薄くなってきていることもあって、その室内の相違について突っ込んで調べたことはありませんでした。

そうしていたところ、たまたま濟松寺の岩田文雄氏のブログにその室内の相違が触れられているのを目にし、参考になりました。

入室の秘密は問題ならないのかと少し不安になりますが、在家で公案の実参実究をされている方でも、複数の師家に着くということはないせいか、余り聞くことのない話かと思いますので、ご参考までに一部引用します。



「白山の老師(小池心叟老師)の室内は卓州系の建仁僧堂の室内である。
その室内は、建仁僧堂の開単者である竹田黙雷老師が各地の老師に遍参歴叩して参究されたもので、黙雷老師の嗣法の師(梅林僧堂の老師)よりも多いと云われている。
又、白山の老師は嗣法の師(竹田益州老師)から徹底的に室内を参究させられ、他の嗣法の弟子より多くの公案を調べ尽くしていると常々述べておられた。
 師家の室内の目安として明治時代、南天棒中原鄧州老師が妙心寺本山へ宗匠検定法なるものを提出して各僧堂の師家方を検定しようとした。反対する師家が多く結局実現できなかったが、検定に賛同した師家の中に黙雷老師もいたという。それは検定法にある室内の内容より更に多い法財を持っている所以であり、白山の老師は其の法を参究されていた。」

「参考:隠山系の室内
 私が4年半余り在錫した、京都の僧堂は隠山系で、無字、隻手、雑則、無門関、碧巌録、臨済録、葛藤集と幅広く多岐に渡って参究したが、その内容はそれぞれを虫が食うように、あちらこちらをまるでつまみぐいするような参究の仕方であった。公案の数は少なく、白山の老師の(卓州系)室内の数とは雲泥の差があった。
 現今では数年の参歴で法嗣が次々と輩出されている僧堂があるというが、公案の少なさから老師次第で簡単に罷参出来るのは当然であるとはいえる。しかし、私の存じ上げている老師方は15年余りも在錫し、それでも僧堂の老師のもとへ通参されていた。このことを考えると昔と今では同じ僧堂でも室内の価値がガラッと変わってしまったと考えざるを得ない。
公案禅の隠匿体質の負の面が引き起こしている現在の様相は、明治時代に南天棒老師が危惧していた事態となってきている。」

http://saisyouji.web.fc2.com/ji_song_si/xin_sou_lao_shishi_neinitsuite.html



 ちなみに、隠山系と卓州系の私のレベルでの目立った法系は、先の竹田黙雷『禅の面目』によると次のとおりになります。



* 卓州―(略)―黙雷―時保
  隠山―(略)―洪川―宗演



いわずもがなですが、菅原時保老師は、建長寺の管長、釈宗演老師は、円覚寺の管長でした。

建長寺円覚寺は兄弟のようなもののイメージだったので、この竹田黙雷老師の本を読んで、法系が違うことを知り、少し驚きました。

今の円覚寺の管長の横田南嶺老師は、小池心叟老師の法嗣ですら、卓州派ということになるのでしょうけれど、隠山派の法系との関係はどうなるのでしょう。

もしかしたら恥ずかしいことを書いているのではないかと思うのですが、もしかしたら両方の法系のハイブリッドだったりして……。



岩田氏のお話では、釈宗演老師の系統の隠山派の公案数は、卓州派よりも「雲泥の差」というほど少ないとのことですが、ブログの中に出て来る南天棒中原鄧州老師の「宗匠検定法」のことも絡めて少し因縁がありそうです。



「鄧州全忠(俗姓、中原、通称、南天棒、一八三九-一九二五)は自伝でこう語っている。
『かつてシカゴの宗教大会のときであった。〔洪岳は〕発錫(ほっしゃく)〔旅立ち〕に臨んで有志の喜捨を募った。(略)衲(わし)がまた彼に言うた。宗教大会へは、仏教代表か槌宗代表か。仏教代表なれば問うところにあらず。禅宗代表なれば、この南天棒の点検を経ねぽ決してやることはできぬ。仏祖の面へ泥を塗られては困ると言うた。もちろん通仏教〔仏教全体に通じる解釈〕〕で行ったらしい。もっともあの時は〔洪岳は〕慶應義塾のほやほやじゃった。』」

(ミシェル・モール「近代「禅思想」の形成――洪岳宗演と鈴木大拙の役割を中心にーー」48頁からの孫引き)



釈宗演老師が、シカゴの万国宗教大会に参加するに当たり、南天棒老師に旅費の喜捨をつのった際、南天棒老師から、禅の代表者として行くなら、その点検を受けるよう迫ったところ、宗演老師は、禅ではなく、仏教全体の代表として行くと断ったとのエピソードですが、宗演老師が法灯を継いだ隠山派の法財が、南天棒老師の卓州派よりも少ないことからすると、もしやと考えるのは、是非言う人は、ということでしょうか。



ちなみに、先のブログでは



「明治の時点で各僧堂の室内の多様化は各々相容れないものとなっている」



との指摘もあり、言わずもがなと思っていても、はっきりおっしゃっていただいていることは参考になります。





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