坐禅普及

主旨は慈悲。行は坐禅。

扁桃体の活動の低下――坐禅の生理学的効果(1)

1 扁桃体とは?

 坐禅のときのようにゆっくりとした呼吸をすると、血中二酸化炭素濃度が上昇し、セロトニンが分泌され、その結果、うつや不安感が解消、軽減することが判明しているとされています。

 これが坐禅の効果のうち、有益な効果の主要なものではないかと思っています。

 扁桃体については、ネット上に無料で読める専門的研究者による文献が多数ありますが、これに関するドキュメンタリーを担当したNHKのディレクター氏の講演の発言が非常によくまとまっており、長文になりますが、引用します。


 
山本高穂「脳の進化から探るうつ病の起源」『第11回 日本うつ病学会市民公開講座・脳プロ公開シンポジウム in HIROSHIMA 報告書』
http://www.nips.ac.jp/srpbs/media/publication/140719_report.pd



「脳の中心部に位置する大脳辺縁系には『扁桃体』と呼ばれる小さな器官が存在し、不安、恐怖、悲しみといったうつ病の症状に関連する感情をつかさどっています。最近のヒトを対象とした脳活動の画像研究により、うつ病の患者さんは健康な人に比べて扁桃体の活動が上昇しており、不安や恐怖の感情を強く受け止めてしまうことが明らかになりました。このことから、うつ病の発症には扁桃体が深く関与している可能性が示唆され、扁桃体を中心としたうつ病発症の仕組みを解明する研究が進められるようになりました。(略)

 扁桃体はヒトがストレスから身を守り、生存していくために不可欠な自己防衛機能の指令系統の要だと言えます。しかし、ヒトが強い不安や恐怖などのストレスを長期にわたり受け続けると、扁桃体は過剰に活動するようになり、自己防衛機能は暴走します。その結果、大量のストレスホルモンが分泌され、やがて脳内のストレスホルモンが過剰となり、神経細胞の生存・活動に必要な栄養物質(BDNF)が減少してしまうことが明らかになりました。そして、この状態が長期間持続すると、神経細胞は栄養不足に陥り、脳が萎縮してしまうと考えられています。実際に、健康な人とうつ病の患者さんの脳の検査画像を比較すると、うつ病の患者さんの脳は萎縮していることが確認されています。(略)

 ほ乳類は、前頭前野が大きく発達したため、社会のルールを作ったり、本能的な欲望をコントロールしたり、他人の気持ちを理解するなどの理性を保つことができるようになり、個体同士の結びつきを重視する「社会性」を確立することで繁栄してきたと考えられています。その一方で、社会性を持ったことで、大きなストレスにもさらされるようになりました。例えば、社会と隔絶された孤独な状態に置かれると、このままでは生きていけないという不安や恐怖に扁桃体が反応し、ストレスホルモンが大量に分泌され、孤独が原因となりうつ病を発症するようになったことが推察されています。(略)

 近年、恐怖の記憶が残存する仕組みにうつ病の要因である扁桃体が深く関わっていることが明らかになってきました。

 脳の構造を観察すると、扁桃体は記憶をつかさどる海馬に接していることが分かります。ある出来事を経験しても、扁桃体が活動しない場合には、その記憶の多くは海馬で消失し、やがて忘れられます。しかし、恐怖のように扁桃体が激しく活動する出来事を経験した場合には、それに応じて海馬の活動も増加し、その結果強い鮮明な記憶として残存すると考えられています。

 このように、自己防衛機能として備わった扁桃体は、生き延びるために必要な恐怖の記憶の能力にも寄与することが脳科学的研究から分かってきました。一方、扁桃体が強く活動するうつ病の患者さんでは、恐怖を記憶する能力は、皮肉なことに、うつ病の苦しみを増大させるきっかけとなってしまうのです。」(2~5頁)



 長文の引用になりましたが、扁桃体は脳の自己防衛の機能であり、それが過剰に機能することが不安感、ひいてはうつ病をもたらすと考えられているようです。

 ここで重要だと思われるのは、扁桃体自体は、自己防衛の機能であって、これがきちんと機能していなければならないということです。
 頑張りすぎの扁桃体の活動を少し休ませる必要があるとしても、活動が低ければ低いほどよいというわけではなく、ましてやなくしてしまうようなものでもないと思われます。

2 呼吸回数の低下による扁桃体の活動の低下

 坐禅では、ゆっくりと呼吸をすることが勧められますが、ゆっくりした呼吸をする、すなわち、呼吸回数を減らすことにより、血中二酸化炭素濃度が低下し、セロトニンが分泌され、扁桃体等の活動が低下し、うつ病の改善効果があるとされます。



「現在うつ病の薬として脳内のセロトニンを増やすという薬を使います。セロトニンは脳幹にある縫線核(ほうせんかく)というところの細胞が長い突起を伸ばし、その突起の先から出されます。とくに、感情の場である大脳辺縁系扁桃、海馬、帯状回)にセロトニンを出します。そうすると精神が安定するとされるのです。 

 呼吸を止めると苦しくなります。それは血中の二酸化炭素が脳の呼吸中枢を刺激するあからです。そこで苦しくなり、息を吐き出し、早く呼吸をします。それは早く二酸化炭素を体の外に出そうとする反応です。またゆっくり呼吸すると血中の二酸化炭素の量がある程度増えます。だから少し苦しくなり、早く息をしたくなるのです。このような二酸化炭素は脳内でセロトニンを増やす効果をもつのです。つまり脳内の二酸化炭素が増えると脳内に多くのセロトニンが放出されるのです。」

高田明和『一日10分の坐禅入門――医者がすすめる禅のこころ』142~143頁)



 前記文献では、セロトニンの分泌が扁桃体を含む大脳辺縁系全体に及ぶものとされていますが、呼吸回数が増大すると偏桃体の活動が活性する関係にあることについては、広く認められていることから

「呼吸回数の低下→血中二酸化炭素濃度の上昇→セロトニンの分泌→扁桃体の活動の低下→うつ傾向・不安傾向の改善」

という機序があるのではないかと思われます。



「ネガティブな情動は扁桃体が中心で、障害され機能がしなくなると、恐怖などあらゆる感情が起らなくなります。ここに絡む呼吸を情動呼吸と呼んでいます。(略)

 扁桃体でも呼吸のリズムが生まれていて、このリズムは情動と共に変化しています。不安になった時、呼吸数は増大し、呼吸は速くなります。(略・107頁)

 不安と呼吸は一体となって動くので、その人の呼吸数を少しでも下げれば不安も和らぎます。世の中に出ている呼吸法はすべて、呼吸をゆっくりにする方法です。」
(本間生夫「呼吸と健康」『大法輪』(2020年3月号)106~107頁 



 また、扁桃体は、前記のような自己防衛機能と相まって、「恐怖の回路の中心」などと呼ばれ、その活動の過剰が、様々な精神疾患の要因になっているのではないかと考えられています。



「快楽をつかさどる領域と同じく、緊急事態に対処する脳の領域は、個々に分かれた――しかし強く関連しあう――多くの組織から成り立っている。これらの組織の大半は皮質下の奥深くに埋め込まれており、たがいに密な関係をもつと同時に、上にある大脳皮質とも強く結ばれている。これらはどれも恐怖反応において重要な役割を果たすが、いちばん中心にあるのは<扁桃体>と呼ばれる組織だ。(略)
 恐怖の研究の最前線に立ってきたニューヨーク大学の心理学者ジョセフ・ルドゥーは、おもにラットを用いた実験で、扁桃体が恐怖の回路の中心にあることを突きとめた。」
(エレーヌ・フォックス(森内薫・訳)『脳科学は人格を変えられるか?』136~137頁)



「SAD(社交不安障害)やPD(パニック障害)、PTSD(心的外傷ストレス障害)、特定の恐怖症などは、“Stress―incduced fear circuitry disorders”として1つにまとめることができる。これらの障害の病態は、多少違いはあるにせよ。「恐怖の条件づけ(fear conditioning)」に関連した神経回路の機能不全(fear circuitry dysfunction)と考えられている。(略)

この回路の基本的プロセスにおいて極めて重要な役割を演じているのは、扁桃体である。(略)

 SAD(社交不安障害)では、扁桃体だけでなく、行動の監視に関与している前部帯状回や前頭領域の活動亢進、そして大脳基底核での活動低下が推定されており、SSRIやCBTによって各領域の活動性が正常化するとされている。(略)
パニック発作時には様々な体性感覚は視床に入り、視床扁桃体回路が活性化する。そしてこの扁桃体の活性化が、今度は視床下部や脳幹へ延びる遠心海路の活性化につながり、恐怖反応が伝達する。(略)

PTSDでは、危険が過ぎ去った後も、『オフライン』状態が維持されるため、潜在記憶と健在記憶の解離が持続し、トラウマの処理とその後の適応反応の妨げとなる。トラウマを反復して想起することにより、潜在記憶、つまり視床扁桃体回路が活性化するが、それを抑制する前頭皮質による処理ができないため、症状が繰り返される。」

(塩入俊樹「不安障害の病態について:stress-induced Fear circuitry Disorderを中心に」『精神経誌』112巻8号799~803頁)

「身体脳(視床と一次性体性感覚野)に何らかの身体的痛覚(侵害)情報が伝えられると、身体脳はこの情報を辺縁系に伝え、脳幹や大脳各領域からの情報をすべて統合した形で、扁桃体から海馬を介して記憶の回路へ組み込もうとする。通常であれば扁桃体への情報伝達は一過性であり、扁桃体の興奮は次第に収まり、疼痛体験の記憶が定着化することはない。しかし身体からの痛覚情報が長期に繰り返されたり、陰性情動(恐怖、不安、怒り、悲嘆感)という付帯情報が繰り返される場合は、疼痛体験の記憶(短期記憶)が海馬から繰り返し引き出され、疼痛体験の記憶が定着化するようになる。扁桃体は常に過敏となり、僅かな情動刺激にも反応するようになる。つまり身体脳からの痛覚情報がなくとも、陰性情動のみで疼痛体験の記憶が容易に身体化し、『痛み』として体験されることになる。これが慢性疼痛の脳内での中心的維持機構であると考えられる。」

(北見公一「プライマリ・ケアとメンタルヘルス:慢性疼痛と心因性疼痛」『北海道医報』1029号8頁)



したがって、精神的な問題の改善の上では、扁桃体の活動の低下が、坐禅の主要な生理学的効果であるものと考えられるのではないかと思っています。

 坐禅のほかマインドフルネス等の実践において、ゆっくりとした呼吸をすることの合理性はこのようなところにあるのではないかと思っています。



「健康法として取り入れる際には下記の点がお勧めです。
1 息を十分吐くことを意識する。
2 お腹を使った腹式呼吸(息を吐く時にお腹を凹ませる)
3 ある一定のリズムでゆっくりくり返す
 お腹を使ってゆっくり息を吐くことは自律神経、特に副交感神経というリラックスの神経を刺激することにつながり、ストレスや過労で緊張状態の現代人には有効です。息を十分吐くことで肺に残っている残気量が減るために、空気の出入りも多くなり換気効率が上がります。お腹を凹ましながら息を長く吐くことで腹腔内の血流もよくなる可能性もあります。」

(打越曉「呼吸力を高める」『大法輪』(2020年3月号)111頁)

「吸うときよりも吐き出す方に重点を置き、妄念を吐き出す気持ちで静かにゆっくりと吐くことで、自然と緊張感がほぐれてくるのです。」
(住谷瓜頂「禅の呼吸法」『大法輪』(2020年3月号)126頁)




 
 ゆっくりとした呼吸をすることは、ヨーガの呼吸でも同じであるとされます。



「どのような呼吸法であっても、それを通じ呼吸についての自覚力を高め、心身に安定をもたらず呼吸、つまりいつでもゆっくりとした深くリズミカルな呼吸になるようにするのが基本的な狙いです。」

(龍村修「ヨーガの呼吸法」『大法輪』(2020年3月号)120頁)



 血中二酸化炭素濃度を上げることがポイントと思われることから、私自身は、鼻から息をゆっくりと吐き出して吐ききった後、自然に軽く息を吸うことをくり返してやっています。
 




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