坐禅普及

主旨は慈悲。行は坐禅。

問わない態度

 仏道の教義やその特有な実践は、応病与薬の方便であり、その時その場その人限りの親切にすぎません。とはいえ、語る言葉に一種の普遍性があるように見えなければ、接得はできませんから、発せられた言葉は、その時その場その人限りを超えて普遍性があるように思われてしまうときもあります。

「禅をやるものが知らず知らずに落ち込む誤りの第一は、『自己』『無』『空』というようなものを、固定した存在と考え、そういう実体を妄想することだと思う」(大森曹玄『参禅入門』26~27頁)

 いつもながらの長い引用ですが、鈴木大拙先生が次のように話すのも同じです。

「或時僧問う、
『四大五蘊身中、阿那箇是本来佛性。』
本来の仏性を、四大五蘊で出来て居る色身の中に求めんとするところに、大なる錯誤がある。佛性は個在ではない、只概念の上で仮在させたものであるから、これを四大五蘊所成と区別して、その中から抽出せんとするのは、世間一般と学者の或るものとを兼ねて、犯しつつあるところの論理的過失である。(略)
実在しているように話するのは、実生活上の便利が多いからである。(略)実在は『おい』と云って、『はい』と応えるものを覚知するところにある。この覚知或は承当の在るところが佛性である。(略)此処に佛性の個在を求めたら錯了也である。(略)覚知がいる。これがなければ有るとは云われぬ。(略)覚知のないところには、有と云うも有でない、無である。それで『汝に佛性なし』と結論せられる。」(鈴木大拙『禅百題』26~28頁)
 
 「自己」「無」「空」というものが実体として「ある」のだとすると、次に、「『自己』『無』『空』とは何か」という問いが発せられます。
 「仏性」というものが実体として「ある」のだとすると、次に「『仏性』とは何か」という問いが発せられます。
 しかし、このような問いは不毛になりがちです。「自己」「無」「空」「仏性」も「概念の上で仮在させたもの」、すなわち、「虚構」(フィクション)だからです。
 
「国家」、「言語」、「貨幣」はいずれも「虚構」ですが、同時に、「実生活上の便利が多いから」その存在が許されているものです。いずれも「ある」といえばあるし、「ない」といえばない。これが「実生活上の便利が多い」「虚構」の特色です。
 「実生活上の便利が多い」から肯定されるべきものでありますが、とはいえ、これらのものが実体的に存在するのだと思うと、おかしな方向に行ってしまいます。
 これらの「虚構」は「実生活上の便利が多い」、ただの「道具」、応病与薬の方便です。
 仏道に現れる様々な言葉も、その時その場その人限りを超えて普遍性がある、実体性があるものだと思いこむと却って問題を抱えてしまうことになります。
問題を解決しようと思って、仏道の教義を学んだり、実践をするようになって、却って重荷を背負ってしまうという人も少なくないように感じます。
そもそも釈尊が本当に何を悟ったのかということも正確にはわからないのです。

釈尊をふくむ初期仏教の教説を伝える貴重な資料は、このアーガマ文献に限られる。しかし同時に、数百年にわたる口伝の間に、その伝誦は、増大や付加(増広という)、また、削除や喪失(損耗という)を受け、編集に類いしたこともおこなわれた、とこの文献中には語られている。それらの現在形への固定は、中期仏教の部派仏教においてはじめて達成された。
したがって、アーガマ文献は釈尊ならびに初期仏教の教えを物語る唯一の経典群でありつつ、現存のそれらは原型そのままでは決してなく、かなりの変容を受けており、当然、その資料の扱いには充分で精密な文献学的研究を経由する必要がある(付加するまでもなく、後代の大乗経典から初期仏教いわんや釈尊の教説を探索することは、到底できない。)」
三枝充悳『仏教入門』24~25頁)

「釈迦の時代にはまだ文字が定着しておらず、教えは基本的にすべて口伝だったので、初期経典といえども『釈迦直伝のことば』とまでは言えません。(略)
信仰の立場から言えば、大乗仏教経典も釈迦の教えであるが、歴史的に見るならば、決して釈迦自身が説いたものではない。」
佐々木閑発言:佐々木閑宮崎哲弥『ごまさかない仏教』24頁)

スタート地点の釈尊の悟りの内容がわからないのですから、仏道の真理は何なのか、とか、「悟り」とは何かなどと考えたり、そのための「修行」に一生懸命になりすぎると、おかしなところに行ってしまいます。

坐禅の背景には仏教があり、仏教の背景には(略)『人間の不幸』についての切実で痛みを伴った自覚、洞察があります。ですから自分の人生に切実な問題があることを感じていない者には、はっきり言って仏教も坐禅も意味をなしません。そういう人には仏教は単なる耳に心地よいお話以上のものではなく、坐禅は精神鍛錬のエクササイズにしか見えません。」
(藤田一照『現代坐禅講義』50~51頁)

 このように書かれると、「自分の人生に切実な問題があることを感じ」ていることが偉いのではないかと勘違いしますが、なければないに越したことはないのです。
 臨済宗では、白隠禅師坐禅和讃という宗教的な詩を唱えます。
 それは、「衆生本来仏也」で始まり、「当処即蓮華国 此身即仏也」で終わります。
 自分を含めた全ての存在、すなわち、この現実世界を尊重するということが強調されます。
 裏を返せば、「自分を含めた全ての存在、すなわち、この現実世界を尊重する」ことができない、自分の人生を価値あるものと見たり、自分以外のほかの人を尊重したりすることができない、そんな不幸な人のための「修行」が、臨済宗の禅修行ということになります。
 苦しくても、辛くても、自分の人生やほかの人の人生、それらの周囲にある社会や自然環境にも価値があるものと感じて、自分なりに努力しながら、日々切々と生きて行く、そんなごく普通の人生を送ることができている人にはいらないものが、仏道特有の教義や実践です。

 とはいえ、釈尊が語ったものとされることや仏道の修行をしていた人の語ったものとされる言葉のいくつかの事柄は出来がよく、元はその場その時その人限りのものでありながら、精神的に健康な「耳に心地よいお話」も少なくなく、仏教書や禅書を読む健全な価値は、このような「耳に心地よいお話」に接し、現実生活を豊かにしていくことです。
 その中でもっとも出来がよいと思われるものは、「そもそも問いを発しない」という態度です。
 よく知られた話ですが、釈尊は、形而上学的な問題については、相手をしなかったものとされます。

釈尊は答えられないときには、沈黙を守る。そしてその沈黙に対する執拗な追究があり、まれに釈尊は適切な比喩を、相手または弟子に示す。
 この譬喩には種々あり、その一つがは毒矢の喩えとしてよく知られる。すなわち、「毒矢に射られた人が、それを射た人のカーストの別・姓名・身長・皮膚のいろ・住居・その弓の強度・弦や矢の形・矢の羽の材料を知りたいとして、友人や親族が矢を抜き医師を迎えようとするのを抑えるならば、その人は毒で死んでしまう。同じように世界の常・無常などをいつまでも求める人は、解答の得られないあいだに死ぬ。世界の常・無常などにかかわりなく、生・老・病・死の苦はあり、わたくしはその制圧を説く。それに対して、現実の実践・さとり・ニルヴァーナ(ニッパーナ、涅槃)に役立たないから、世界の常・無常などを、わたくしは説かない。わたくしの説かなかったこと、説いたことを、そのとおりに受持せよ」(要旨)という。(略)形而上学論議は、それに耽る人にとっては、たしかに興味は尽きないであろう。
 しかしそれは、他の原理による別の形而上学とほとんどの場合に論争を引きおこし、しかもその論争はどこまでもつづいて決着はつけられず、所詮は知のための知の饗宴にすぎなくて、多くは不毛に終わる。それはまた、現実そのものにはなんのプラスにもならず、まして実践からはるかに隔たってしまう。
三枝充悳『仏教入門』72~73頁)

 鈴木大拙先生は、親切で、その著書『禅百題』の中で、この「問わない」という態度を様々な角度から説きます。

「只謎を解くような気で学禅すべきでない。しかし人生そのものが大きな謎だから、それから出るもの、或はそれを構成して居るもの、すべてが謎でないものはない。吾等は一生この謎を解きたいと知的に考えながら、それが出来ないままに、行為的に、無意識に行じていく。解けたようで、解けないようで、生まれて来て死んで去く。何と云ってもこれ以上には出られないのである。(略)
人間がちょっと足を止めたのが禍の本なのである。猫や犬のように、松や竹のように、所謂その性のままに動いて居れば、何の面倒もなかったのだ。それが何かの調子で一寸車を駐めて紅葉を見たから、今までのように行けなくなった。自分と自分に対するものとが分かれた。問が出る、名が出来る。一旦こうなれば止まるということを知らぬ。自分で作ったものにだまされる。向こうに働きかけて、その働きが又向こうから返ってくる。一波動いて千波萬浪が次から次からと動く。面白いと云ってもよし、面倒だと見てもよい。そのはじめは、汝が問を出したからである。(略)
みんな自分等から出した問の故に、此悩がある。それから葛藤あり、喜怒哀楽あり、地獄極楽あり、天地萬物あり、千差萬別あり、窮まるところがない。」(47~49頁)

「法眼文益(略)ある日の上堂に曰く
『虎の頸に金の鈴がかけてある、誰かこれを解いてやるものがあるか』
と。(略)
泰欽は何の躊躇もなしに
『そりゃ繋けたものが解くのだ』
といった。
金鈴を煩悩と見る、また生死と見る、而してそれから免れたいと、もがいて居るものがあるとする。どうしたらそれから自由になり、解放せらるであろうか。こういうと問題は大きくなる。
生死でわれらを縛るものは誰か。われらは何故に煩悩で苦しむか。煩悩は誰の煩悩か。一体そんなものはどこにあるのか。虎の頸の金鈴は事実そこにあるのか。誰もかけもしないのに、あると思うから、怖くて手が出されない。始めから虎も金鈴もないのではなかろうか。繋けた人も、繋けられたものも、始めからないのでなかろうか。繋けた主人公が自分であって、それを知らなかったとしたらどうだろう?」(165~166頁)

「答え」ではなく、「答え」の前提であるところの問いを発しない。「問い」がなければ「答え」もない。
 
「森本老師は長い間寝たきりの母堂に何とかして安心の境地を手に入れてほしいと思い、暁烏敏(あけがらすはや)全集を何回も読んできかされ、その結果母堂はとうとう『孝治さん、仏法というのはこれというものがあったらあかんのやなあ』と領解して安心を得て、それにより老師自身も肩の荷をおろして安心されたのである。年老いて寝た切りの母親には禅よりも浄土教の信仰を勧める方がよい。禅僧も念仏を使えるだけの理解がなければいかんというのが老師の持論であった。」
(山田邦男編『森本省念老師〈下回想篇〉』44頁)

 簡単な話のはずですが、「答え」として示してしまうと理屈的におかしくなります。禅をやる人は理屈で苦労している理屈屋が多く、どうもそこを徹底しようとしたことも、わけのわからない伝え方をするようになった理由の一つなのかなと思います。

「『臨済録』によると、『わが滅後、わが正法眼蔵をつぶしてはならぬ』と臨済がいったとき、門人代表の三聖(さんしょう)がしゃしゃりでる。『いかでか先生の正法眼蔵をつぶせましょう』、というのである。臨済はその証拠をもとめる。三聖は一喝する。臨済はいう、『誰か知らん、わが正法眼蔵、この瞎驢のところでつぶれ去ろうとは』
 まさしく絶望の言葉である。臨済は、三聖に自分の最期を見守ってほしかったにちがいない。ところが逆に三聖を見守る結果となった。かれはおのれの滅後でなしに、まだおのれの息のあるうちに、すでにおのれの正法眼蔵が、弟子によってつぶされていることを、まのあたりに見たのである。」
(柳田聖山『禅思想』177頁)

 私達の苦悩の原因は、「問題がある」と思うからであり、そもそも「問題がある」と思わない、「問わない」という態度をとれば、苦悩を問題とする必要はありません。
 もちろん、「問わない」のは、それが「実生活上の便利」に叶うからであり、そうしてはならない義務があるわけではありません。
 「問わない」態度は、現実社会を生きて行くための「道具」であって、「道具」である以上、使ってもよいし、使わなくてもよいのです。
 問うてもよいし、問わなくてよい。
 現実の問題に接したときに、解決方法を探るために様々な問いを発することは日常的なことです。
 しかし、問いを発することの価値は、このような日常的な問題に解決に資するからであり、問いを発したことにより却って問題を抱えるのであれば、問いを発しなければよいのです。
 問いを発してもよければ、発しなくてもよい。

 感覚器官を通して外部状況に関する情報を入力して、これを解析して、適切な行為として外部に出力することは、人間以外の動物にもできます。
 問いを発する。
 悩み、苦しみ、迷う。
 ここに他の動物と異なる人間の存在価値があります。
 そして、「問いを発してもよければ、発しなくてもよい。」というところに人間という存在の主体性、私達の「意識」の存在価値があります。

 私達は、問いを発することも、問いを発しないことも自由に選ぶことが出来ます。
 選ぶことができるのですから、問いを発することよって、却って苦労をするのなら、問わなければよいのに、求めなければよいのに、どうもそれでは済まないという人が稀ながらいます。そこで、「悟り」を与えようとする、あるいは、与えたことにする方便にも、「実生活上の便利」が認められます。

 このことを、鈴木俊隆老師は裏から言います。

「悟りが大事ではない、ということではない。しかし、それは禅において重視しなければならないところではない」(『禅マインド ビギナーズ・マインド』11頁) 
 
 



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